歌舞伎鑑賞日記!2

3週間前に、

歌舞伎鑑賞日記! - matsuayamjluv’s blog
にて語った内容の続きです!中途半端なところで終わっていたので…

 

前回は「戸崎四郎 補綴 四変化 弥生の花浅草祭」の前半部分について書きましたが、その続き、後半部分を書いていきます。

前回書いた通り、「戸崎四郎 補綴 四変化 弥生の花浅草祭」は、祭で賑わう浅草を舞台に、祭礼の山車に飾られた人形が踊り出すという趣向の舞踊劇です。幾度かの場面転換の中で、2人の役者が衣替えをしながら場面ごとに違う役を演じていきます。

前回までのおさらいをすると、この演目の前半は、
神功皇后とその老臣が、今でいうベランダのようなところに出てきて戦物語や花の話を語り合うシーン

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神功皇后と老臣

 

・「ちょんまげ頭で庶民的な格好をした男性」→漁師2人に、善玉と悪玉が取り憑き軽快に踊るシーン
→前回書きそびれていましたが「アルプス〜1万尺〜」のように2人で手を合わせ、会場から笑いが漏れる場面もあるひょうきんなシーン

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「善玉」「悪玉」に取り憑かれる前の漁師


といった具合に展開していきました。

小舟に乗って舞台から消えていく、尾上松也演じる「善玉」に取り憑かれた方の漁師に向かって、「悪玉」に取り憑かれた方の漁師が「行かないでくれ」と言わんばかりに手を伸ばして見送ったところで前回筆を止めていました。
※「悪玉」の方の漁師を誰が演じているのか鑑賞中は思い当たらず…後ほど種明かしします

そのうち、尾上松也が緑の袴に紫の上着という、小綺麗な「若旦那」といういでたちで登場しました。「悪玉」漁師役のもう1人の役者は、花道に突如開いた穴から姿を消しました。

この「花道に開いた穴」は「スッポン」と呼ばれる、役者が出入りするための仕掛けの一つで、花道の、観客から見て舞台から7:3の位置にあり、亡霊や妖怪など、人では無いキャラクターが登場/退場する際に使われます。
かつては人力で動かして役者を下げていたようですが、現在は電動とのことです。
「スッポン」の穴が開いた瞬間、役者が下がって消えていく様子を見届けようと、観客がこぞって身を乗り出していました。


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「スッポン」で舞台から引っ込んだ先はこのようなまさに「奈落の底」のようなイメージだということです (写真:「歌舞伎座写真ギャラリー」より)

役者の姿が完全に見えなくなってからもなかなか「スッポン」は上に戻って来ず、私含め観客は皆物珍しそうにそちらに注目していました。

残された尾上松也演じる「若旦那」は、神功皇后の時とも漁師の時とも違った落ち着いた表情・佇まいで1人で堂々と舞います。
そのうち再びもう1人の役者が町人といった別の格好で現れ、2人の掛け合いが始まります。漁師同士・悪玉善玉の時のようにシンクロするのではなく、今度は2人の役回りも違うので互いに影響を与え、小気味よく互いに仕掛け合っているような感じです。後に確認したところによると、このシーンは国侍とそこへ通りかかった通人のほろ酔いでのやりとりを描いているそうです。

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「国侍」と「通人」


やがて大きな幕が舞台を覆い、役者・セットの姿が見えなくなりました。しかし音楽は絶えることなく流れ続けます。幕の向こうからは、何やらドタバタと慌ただしい音が漏れ聞こえます。恐らく舞台の大改造を行っているのでしょう。

そんな中、黒子(黒ずくめの衣装を着て役者の着替えを助けたり道具を運んだりする裏方)が静々と現れ、舞台下手寄りにちょこん、と黄金のコーンのような小さな台を置いて立ち去りました。いつもは目立たない黒子も、他に何もない舞台上では、際立って見えます。観客の視線が一挙に注がれるため、黒子もいつもに増して相当緊張感があることでしょう。

やがて音楽が止み、静けさの中、舞台上に現れたのは三味線奏者とお囃子の人です。三味線奏者は先ほど黒子が置いて行った黄金の台の上に片足を乗せ、演奏を開始しました。三味線の一音一音が、静まり返った会場中に、謙虚に、しかし圧倒的存在感を持って響き渡ります。やがてお囃子の人も、三味線奏者の後ろで何やら紙を持って歌い始め、その声もまた三味線の音と重なり合い高らかに響き渡ります。三味線の細かな音の速い羅列に差し掛かると、会場中から拍手が湧き起こりました。三味線の見せ場・クライマックスです。会場の熱量が一気に高まります。

そしてついに幕が上がり、「大改造」後の舞台上に真っ赤と真っ白の長い長い髪を垂らした物凄い迫力の表情の獅子のような2人が現れました。
化粧、いでたち、舞台背景全てが圧巻でただただ釘付けになりました。
しばらく舞が続いた後、2人は最後にその長い長い髪を振り乱し、頭を何度も何度も回転し始めました。盛大な拍手が起き、もうそろそろ止まるかと思ってもまだまだ続きます。流石に表情に疲れが見えてきているのではないかと心配になって双眼鏡を覗いても、2人とも勇ましい表情を保ったままで、むしろ険しさを増しているようです。特に、役者が誰か不明の白い獅子の方は頭の回転の勢いが増しているようで、黒目のむき具合にも鳥肌が立ちます。狙った獲物は決して逃さない、そんな凄みのある目です。この眼力はやはりベテランの経験に裏打ちされているからか、尾上松也に比べても見る者を惹きつけるものがあります。
ようやく頭の振りが終わった時の「ドン」という足踏みが大きく鳴り響いたのもベテラン役者の方でした。顔にかかった髪の毛を、黒子がサッと直します。髪の毛をあれだけ振り乱したので、髪が擦れた線状の跡が白い化粧顔に残ったまま、最後の決めポーズへ。
幕引き、拍子木の音とともに割れんばかりの拍手が起こります。もしコロナ禍で禁止されていなかったら、ここで掛け声(役者の屋号を叫ぶ大向こうという歌舞伎ならではの掛け声)が数多くかかったことでしょう。

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左が尾上松也、そして右が…見覚えありますか?

演目が終わったので、普段貰える、当日の演目解説と出演者が書かれた三つ折りの無料パンフをどこかで配っていないか探しました。係員の人に聞くと、十月頃まで配布していた三つ折りパンフはもう無いようで、代わりに一枚ビラを漸く手に入れました。

ビラを見ると、出演者は、尾上松也と、、片岡愛之助でした。(もったいつけてすみません)なるほど、だからあの存在感、安定感、華々しさだったのかと納得しました。

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半沢直樹」では黒崎検査官を演じた片岡愛之助片岡愛之助尾上松也半沢直樹出演者同士の共演だったというわけだ。


演目解説の方を読んで、四変化で魅せる演目だったのだと改めて理解し、事実、魅せられたなとつくづく思いました。特段演目にストーリー性はなく、涙を誘うようなシーンはないのですが、終盤の三味線独奏や、役者の情熱が迸っていたとめどない頭振りは、胸を熱くするものがありました。